機械の安全規格「ISO 13849-1」は、2023年版でいくつかの重要な改訂が行われました。その中でも、新たに追加された 5.2.2.10「メンテナンス作業のための安全機能」 は、機械の保守・点検時の安全性を向上させるための重要な規定です。
本記事では、5.2.2.10の概要とその実務への適用方法を解説します。
5.2.2.10 メンテナンス作業のための安全機能とは?
機械のメンテナンス作業には、次のようなさまざまな作業が含まれます。
- 設定作業(セットアップ)
- ティーチング・プログラミング
- 工程・工具の交換
- 清掃・整理整頓
- 消毒・洗浄
- 定期・臨時の保守・修理
- トラブルシューティング・故障診断
これらの作業の多くでは、機械を完全に停止し、すべての動力源を遮断する必要があります。しかし、一部のメンテナンス作業では、機械を部分的に動作させる必要があるため、安全を確保しながら作業できる仕組みが求められます。
そこでISO 13849-1:2023では、メンテナンス作業のために特別な安全機能を提供することを求めています。
メンテナンス作業時の安全機能の要件
1. リスクアセスメントに基づく安全機能の設定
メンテナンス作業ごとにリスクアセスメントを行い、適切な安全機能を設定する必要があります。例えば、
- 工具交換 → 予期せぬ起動の防止
- ティーチング作業 → 手動操作時の速度制限
- 故障診断 → 機械的な拘束や非常停止スイッチの確保
などが挙げられます。
2. 手動での安全機能の解除は慎重に
一部の作業では、特定の安全機能を手動で一時的に解除しなければならない場合があります。その際は、
- 代替の安全機能を導入する(例:速度制限付きの動作)
- 安全機能の解除は作業員の意図によってのみ可能にする(例:保持操作型スイッチ)
などで対応します。
3. 具体的な安全機能の例
ISO 13849-1:2023 では、メンテナンス作業のために次のような安全機能の導入が推奨されています。
安全機能 | 説明 |
---|---|
ホールド・トゥ・ラン(Hold-to-Run) | ボタンを押している間だけ機械が動作する |
イネーブルスイッチ(Enabling Control) | オペレーターが安全な状態(イネーブルスイッチをONにしている状態)でのみ機械を操作できる |
速度・トルク・パワー制限 | 機械の動作を低速・低負荷に制限する |
予期しない起動の防止 | 何らかの理由で機械が突然動き出すことを防ぐ |
エネルギーの遮断・放電 | 電源や圧縮空気を遮断し、残留エネルギーを放出する |
機械的な拘束 | 物理的なストッパーで機械の動作を制限する |
4. SRP/CSにおけるリスク低減措置の考慮
SRP/CS(安全関連制御システム)によって提供されるリスク低減措置を、機械の保守作業中に無効化または回避しようとする動機については、SRP/CSの仕様策定、設計、および選定時に考慮しなければなりません(5.2.3を参照)。
SRP/CSの設計においては、意図されたオペレーター以外の追加の作業者が作業を行う可能性を考慮しなければなりません。例えば、以下のような状況が挙げられます。
- オペレーターがリセットおよび再起動の操作を行う一方で、保守作業者が危険区域内にいる場合
- 個人を保護することを目的としたリスク低減措置が、複数の作業者によって不適切に使用される場合
保守モードでは、SRP/CSの設計において、機械制御システムへのリモートアクセスが、適切な通知や機械の近くにいる作業者への表示なしに行われることを防止しなければなりません(5.2.4を参照)。
実務への適用方法
1. 設計段階でメンテナンス作業を考慮する
機械を設計する際に、メンテナンス作業時のリスクを考慮し、必要な安全機能を組み込むことが重要です。
リスクアセスメントを実施する際に、通常動作時のみでなく、メンテナンス時も考慮しましょう。
2. メンテナンスモードの導入
通常の運転モードとは別に、メンテナンスモードを用意し、
- メンテナンスモード時のみ特定の安全機能を有効化
- 通常モードへの復帰時に自動的に安全機能を復元し、モードの切り替えだけでは機械を動作を開始させない(5.2.2.9参照)
といった制御を行うことで、安全性を高めることができます。
3. 適切な安全認証と検証
安全機能が適切に機能することを、
- 性能レベル(PL)の計算
- 機能安全検証テスト
によって確認し、ISO 13849-1の要件を満たしていることを検証しましょう。
まとめ
ISO 13849-1:2023の5.2.2.10は、メンテナンス作業時の安全性を向上させるために追加された重要な要件です。機械を安全に維持するために、
✅ メンテナンス作業のリスクアセスメントを行う
✅ それぞれの作業に適した安全機能を導入する
✅ 安全機能の解除が必要な場合は代替の安全策を用意する
といったポイントを押さえ、安全な機械運用を実現しましょう。